ヨーロッパへと新たな一歩を踏み出したインディロックバンド、dygl
デバイスを開けば何でも情報が手に入るインターネット時代に突入してから随分と時間が経ち、テクノロジーはさらなる進化を遂げながら私たちの常識となった。あらゆるものの無駄が省かれ利便性に長けた現代において、DYGL(デイグロー)は手間が掛かるとされるフィジカルなアナログに未だ重きを置いている。生音にこだわったバンドサウンドやイギリスへの移住など、デジタルに染まりきらずアクションを起こし続ける彼らの音楽はどのように進化したのだろう。
アジアを含む大規模ツアーや欧米諸国のフェス出演など世界に目を向けながら約7年間の活動を経て着々とそのバンドスタイルを確立させ、ロックという成熟したように思えるジャンルを軸にアップデートを試みるDYGL。これまで制作した30曲に及ぶデモの中から今のムードに合う10曲を厳選し新たな土地で息を吹きかける、そんな初心と成長が混じり合った新作『Songs of Innocence & Experience』は耳の奥まで響き渡る生音から溢れ出すノスタルジアと適量にブレンドされた甘いロマンス、そしてエクスペリメンタルな要素を取り入れてひと癖ある音楽に仕上がった。
ロンドンでの生活を送る彼らが現地での暮らしから授かった恩恵を示すとしたら、それは“新しい人や物との出逢い”になるだろう。メンバーらが尊敬するビートルズが登場した60年代より世界中で消費されてきたジャンルとその聖地で再び向き合うことは、彼らが慣れ親しんできたガレージロックのスタイルにサイケデリックやポストパンクなど自分たちが好んできたサウンドを自由に絡ませたり、これまでのDYGLにはないアレンジ法やアイデア ── 例えばサックスプレイヤーを初サポートミュージシャンとして迎え入れるなど ── 実験的にチャレンジするキッカケとなった。
「イギリスと日本の社会を単純に比較するのは難しいですが、ロンドンは表現の枠組みがより自由だと感じます。ハックニーというエリアにある倉庫のひとつでは、アトリエや住居として改築してアーティスト達が住み込みながら制作活動をしていて、毎月住人たちとその友人、そのまた友人たちが集まってパフォーマンスを発表するパーティまで自主的に開催されていました。詩の朗読をしたり、真っ暗な部屋で自作のアンビエントを流したり ── 発想が自由で、どんな形の創作であれ、作る側も見る側も新しい体験に対してオープンで、とてもリラックスしつつ楽しむ姿勢があって素敵でした。普段のライブハウスでも変わった編成のバンドをよく見ました。サイケなバンドにポストパンク的なアプローチで管楽器を入れているバンドもいたし、長身の女性が棒立ちでフロアタムだけ叩き続けてるパンクバンドがいたり、見た目も面白いし曲もありきたりじゃなくて面白かった。日本でもアンダーグラウンドな界隈には変わったことをするバンドも多いと思うんですが、実験音楽やノイズ、サイケ、ポストパンクなサウンドは此方では、より市民権を得ているイメージです。もっと別ジャンルのイベントで言うと、サウンドシステムを持ち運んでイギリス各地のプールをクラブ化するイベントなどもあったり。水上と水中で違う音楽が聞けて、パーティ感がある感じかと思ったらもっとチルアウトな音楽が流れていて仕事帰りのビジネスマンのような人がきていたりとか。それでプカプカ浮かんでいるだけ。でもプールに入ると4〜5mくらい深くて、空に浮かんでいるみたいでした。他にはカフェの奥にあるシアタースペースを真っ暗にしてアルバムを爆音で視聴する会があったり。DIYなスタイルで手作りなイベントが多く、お客さんも自分自身気軽に楽しむマインドでリラックスしていて、街の空気感はだいぶん違う気がしました」
ヴォーカル兼ギターの秋山は記憶を辿りながら、そう話していた。休日にはDYGLが強くオススメするボーリング場の<Rowans Tenpin Bowl>に友人と遊びに行く ── ちなみに前回はUKロックファンならチェック必須のバンド、Swim Deepのメンバーのバースデーパーティに招かれて行ったそう…!── など、彼らはイギリスでの生活を謳歌している。DYGLは環境の変化によって無意識的に作り出していた壁を取り払い、また新たな岐路に立った。アルバム全体を通して描かれている不安や怒りによる衝動、その反動で浮かび上がる優しさや愛は痛みを伴いながら自分たちを成長させていくが、『Songs of Innocence & Experience』はそうやってもがき苦しみながら前進する全ての人を称える賛美歌のように聞こえる。